◇◆店内ちょっと探検!◆◇




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◇◆店主さまインタビュー
さて、「柳月堂」の店主様に少しだけお話を伺う
ことができました。お忙しい中本当にありがとう
ございます。
現在の店主陳壮一さんは2代目の店主さん。
「父が辞めると言ったので私が継いだんです。」
と語る。
「柳月堂」は1954年クラシック好きの父・芳福
氏によって出町柳に創業される。その際、この土地
の名前から一文字とって「柳月堂」と名付けられた。
創業当時はコーヒーが1杯250円。追い立てを
食らうこともなく、コーヒー一杯で何時間でも粘る
ことが出来たという。京都は学生街ということも
あってか、京大や立命館、同志社の生徒や、教授が
よく利用していたようです。
土曜日の夜、ベートーベンの「第九」がかかる時
なんかは椅子が満杯になって立ち見(立ち聴き?)
客が続出したそうである。
しかし当時京都に50近くあったといわれる音楽
喫茶も時代の流れとともに少しづつなくなって
いった。ステレオやラジカセがでまわってきたの
である。音楽喫茶は徐々に衰退し、その波は柳月堂
にも同様に訪れた。
店内には空席が目立つようになり、経営は赤字が
続いた。そんな中柳月堂は昭和56年、店を閉める
ことになる。沢山の方に惜しまれ、閉店の日には
常連客によるお別れパーティーも開かれたという。
それから一年半、常連客からの強い熱望もあって、
再び再開することになる。現在コーヒーは
1杯1,000円と少し高いが、格安チケットなども作っ
て試行錯誤しているという。
また、店を作ってくれるのはお客さん。「店を守る
ためには本当にいいお客さんを求めて守っていかな
ければならない。」と陳さんはおっしゃいます。
店内での私語は厳禁、話したい方は別にバーが設け
てあるのでそちらでお願いします、と音楽を聴く
ための喫茶店であるというスタンスは絶対に崩さ
ない。「来ていただいたお客様にはゆっくりと音楽
を楽しんでいただきたいです。」
かたくなに音楽と店とお客さんを守り続ける老舗の
名曲喫茶の姿が、ここにはありました。
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